RAINBOW

栃木出身の夫婦が世界一周の旅を通して感じたことや体験したことを日記や写真で紹介

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支えて、支えられて。

今日はアンコール遺跡群観光3日目で最終日。
AM7:00にトゥクトゥクドライバーのお兄ちゃんが迎えに来てくれて、
一緒にローカルレストランで朝食を食べて、いざしゅっぱーつ!

今日の予定は、シェムリアップからプノンペンへ行く道沿いにある「LOLEI」遺跡を見て終了。
大小3つの遺跡しかないので午前中で終了予定。

まず始めに小さめの遺跡を見に行ったら、そこには遺跡の隣に仏教寺院が。
そこで男性に声をかけられてしばしお話しすることに。

その男性は21歳で、ここのお寺で子供たちに勉強を教えながら自分でも高校に通ってるとのこと。


???21歳で高校生???


詳しく聞いてみると、両親にトラブルがあって、一時期学校に行かないで働いていたんだって。
今は高校行きながらその時お世話になっていたお寺で学校に通えない子供たちに無償で授業を開いてる、とのこと。

1日5つの教科(カンボジア語・英語・仏教用語・歴史・仏教の歴史)を教えているんだって。
子供たちは午前中家の仕事を手伝っているため、授業はお昼前のAM11:00から。

教室は土の地面に机と黒板があるだけ。隣には図書室があったけど、本はその男性が自費で買ったり地元の人の支援で買ったり。


シェムリアップ・図書室
図書室にいた男の子たち。




その男性と話していた時に3月の大地震の話になって、その男性が言った言葉に胸が熱くなった。


「私は日本で地震があってその後津波が来て多くの人が亡くなったことを授業でみんなに話しました。そしてみんなでお寺に入って亡くなった方や被害にあった方々へお祈りしました。ただ、私たちはお祈りすることしかできなかった。そしてカンボジア政府も日本に対して少ししか支援できなかった。日本にはたくさん支援してもらっているのにごめんなさい。」


彼の言葉には、カンボジアの現状と、そんな中でも遠く離れた国で起こった災害で被害にあった人達に対する慈悲の心を感じることができた。


それを聞いて、ウチらは小っちゃい人間だなぁ、って痛感。


旅中、あまりにも節約節約で、堅実にいき過ぎてた。。。

そして二人で「もうちょっとお金使おうか!」ってことに。


その男性の授業の足しになればと、少額だけど募金。

はがきを送るのにポストカードを物売りの女の子から買う。


シェムリアップ・絵葉書の少女
とっても素敵な笑顔で走り去っていきました。



募金箱を持っていた子供たちに募金。

シェムリアップ・募金箱
「オニーサン カッコイイ。オネーサン カワイイ。 アリガト」と日本語で言われた。。。



トゥクトゥクのお兄ちゃんに1ドル多めに支払った。


シェムリアップ・トゥクトゥクお兄ちゃん
お兄ちゃん逆にビックリしてた。(真ん中がお兄ちゃんだよ!)


いつもお金の事ばっかり考えてたウチらの気持ちもちょっと和らいだ(かな?!)


-今日の一枚-

朝ごはんに入ったお店にいたワンコロ。
エサを貰うためにこんなにかわいい顔でこっちを見てやがる!!
子供もそうだけど、カンボジアでは犬もけなげな顔で見てくるんだよね~。



シェムリアップ・ワンコロ


written by さや
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  1. 2011/07/12(火) 22:32:43|
  2. カンボジア
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アンコールワット遺跡群巡り2日目

2日目の今日は1日中遺跡巡りだったので、
写真メインでいきます。

(p_-)


っと、その前に昨日ブログに書いたドライバーだけど、
兄貴とチェンジした。。。

なんか、娘の体調が良くないみたいで、

まぁ~仕方ないね。

真相究明はお蔵入りでございます。

兄貴に問い詰めろと思った人~???

ゴメン

そりゃ出来ない・・・

だって、





兄貴

ankor兄貴運転







イイ奴なんだよ~ (T_T)


まず、クールな奴なんだけど、笑顔がGood!


んで、英語が喋れないと給料が安いらしく、
頑張って英語を身につけてるんだって。

観光客と話をしながら辞書持って4ヵ月・・・
結構、英語喋ってたよ!!
ちなみにタイ語も喋れるみたい

誠実だわ!!


あつ、弟はペラペラね。



俺、出発から2か月。。。

相変わらず、会話できね~
聞き取れても3~4割。

野球だったら3~4割ってなかなかの打率だな (+_+)


でも、会話の3~4割は致命的でしょ

 (;一_一)


話がそれたけど、

ドライバーが兄貴に変わった事で、
楽しく観光が出来てます!

真相究明の応援をしてくれた方々、ごめんなさい。




やっと、本題。

まず、アンコールワット遺跡。
ここは、石像寺院で、もともとは個人のお墓だったところ。
アンコールワットという呼び名は後世の呼び方。

アンコールワット前景
ankorvat8
観光客だらけ

中心へ延びるロード
ankorvat2
たまたま人の流れが途切れた^^

アンコールワット内部
ankorvat3
ankorvat5
ankorvat4

レリーフ
ankorvat1
天女の踊り♪

壁画彫刻(ヒンドゥー神話の天地創造)
ankorvat7
こんな壁画彫刻が至るところに見られる。
スゴイ!!

アンコールワット内にいた子供
ankorvat6
素敵な笑顔!



続いて、アンコールトム。
アンコールトムは、クメール王が築いた大都市で、
1辺が3キロもある宗教都市。

有名なバイヨン寺院の外観
バイヨン1
塔のてっぺんには菩薩(四面像)の顔が刻まれている

バイヨン2
優しい表情

レリーフ
バイヨン4
バイヨン3
細かくて繊細だ。
いつまで見てても飽きない。

アンコールトム内の遺跡
バイヨン6
象が並んでるの分かります?


中国支援で補修された遺跡
バイヨン8
バイヨン7
なんか、色が合ってないよね。。。
テレビで見たけど、カンボジア人はこの作り方に賛成多数らしい。

バイヨン9
これは中国支援の看板。

ちなみに日本支援の補修は、
周りの遺跡に合わせるから、どこが補修箇所か分からないぐらい精密!



続いて、タ・プローム。

タプローム1
タプローム3
まさに幻想的な世界。
大樹が遺跡を守っている様。


タプローム2
たいていの遺跡には、
こんな感じで石がたくさん転がっている状態。


続いて、バンテアイ・スレイ
アンコールワットから約40キロ北西にある、
小さい寺院跡。
バンテアイスレイ3
バンテアイスレイ4
赤茶の岩が、また違った雰囲気がある

レリーフ
バンテアイスレイ1
バンテアイスレイ2
ここのは、ほんとに細かい。
一番キレイに残ってる感じがする



この他ににもたくさんの遺跡を回ったので、、、

ankor遺跡1
ankor遺跡2
ankor遺跡3
ankor遺跡4
とにかく空が青くて気持ちよかった☆

ankor遺跡5
インディージョーンズの世界みたい!

ankor遺跡6
天女の踊りポーズ!



移動中に通った風景
ankor田んぼ1
田植え中。
反対側の田んぼでは収穫してた!
2期作です。

ankor田んぼ2
日本とは全く違う田園風景
南国って感じ!

ankor田んぼ3
実ってるね~^^



今回は写真メインで紹介しました^^
まだまだたくさんの遺跡を見て回ったんだけど、
全てが幻想的で心を奪われます!!!

明日も朝から遺跡めぐり(最終日)だ。

 (^^)v




written by カズ



  1. 2011/07/11(月) 22:15:22|
  2. カンボジア
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カズさや vs カンボジア人 

今日のメインイベントは、アンコールワットで朝日を見る!!


そのためにAM4:00起床、AM5:00ホテル出発。


シェムリアップ・夜明け前



AM5:00のカンボジアでトゥクトゥクに乗るのは




寒い!!!




そして、3日間入場券(40ドル!!!高いけど仕方ない。。)を購入して中へ。
やっぱり朝日を見るのは有名らしく、すごい数の観光客が!

シェムリアップ・朝日見物




最初は晴れてたのに、だんだん地平線付近に雲が出始めてしまい、予定時間のAM5:50を過ぎても太陽は拝めず。。。
ツアーで来ていた日本人は集合時間があるから、と帰って行ってしまった。。。


結局朝日がでてきたのはAM6:15ごろ。
しかも、ちょっと離れすぎ?!


シェムリアップ・朝日とワット




それよりも残念だったのが、アンコールワットの正面が工事中だったこと。。。


シェムリアップ・工事中


アンコールワットは説明できないほどすばらしく、とにかく全体に彫られているレリーフがとても繊細でした。

今日1日でまわった場所の説明をしてもいいんだけど、別に私たちじゃなくてもできるし、写真もプロが撮った写真のほうがキレイなのでちょっとだけ。



今日は、皆様もよく目にしたことがある



こんな場所や
シェムリアップ・あんな写真



こんな所や
シェムリアップ・こんな写真



これを見てきました。
シェムリアップ・そんな写真




それよりもアンコールワットは、世界的にも有名な観光名所名だけに、物売りも当然たくさんいる。
しかも、カンボジアは子供たちの物売りが多い!!!


子供たちは英語や日本語を巧みに操ってきやがる。
「オニーサン、オネーサン。コレ1ドル、ヤスイヨ。」


そして、歩いてついてきてトゥクトゥクが出発するまで「1ドル、ヤスイ」を繰り返す。

しかも最初は1個1ドルだったマグネットが、


トゥクトゥクまで残り30メートル → 2個1ドル


20メートル → 3個1ドル


10メートル → 4個1ドル



と、どんどん値を下げやがる。



カズもさやも最初は「子供たちだから」と、笑顔で断ってたけど、
だんだん気温も上がってきて暑くなってくるし、AM4:00起床だから疲れてるし、お腹はすいてるしでイライラしだしたら、

さやはほぼ無視。


カズは「不要(中国語)」(いらない)って中国語で言い出した。


理由は「日本人は冷たい、って思われたくないから」



おいおい。。。


子供たちのために何とかしてあげたい気持ちはあるけど、ここまで多いとちょっと。。。


他にも、昨日湖で小型ボートに乗った時、ウチラが乗った船だけなぜか子供2人がボートの運転とガイドで、ツアーが終了するときに



「チップを5ドルくれ」とせがまれた。




チップの値段をなんであんたが決めるのさ!



仕方がないから、一人1ドルづつあげたらすごく不満そうな顔しやがった!!!





だまれ小僧!!!




とっておきは、今回3日間アンコールワット周辺をドライブしてくれるトゥクトゥクのドライバー(推定28歳)。

出会ったのはシェムリアップのバスターミナルで、プノンペンからのバスを降りた直後に、

「私はこのバスを運営してるバス会社の者ですから安心してください。IDカードもあります。バスターミナルからシェムリアップの市街地まではちょっと遠いのでトゥクトゥクで市内までお送りします。」と話しかけてきた。

確かにバス会社の人と同じシャツ着てるし、IDカードもつけてるから本物だろうと思って乗車。


乗ってすぐにカズが帽子をバスの座席に忘れたのに気付いて引き返したがバスはもういなかった。


だからヤツに「とりあえず会社に電話してあるかどうか確認して!」って言ったら、


「分かった後で電話しておく。ところで何日間観光する予定?」とヤツ。


ウチラ「3日間は観光する」


ヤツ「そしたら1日目はこうまわって、2日目は~。3日目もこうまわって全部で○○ドルでいいよ。」






!!!!!!!んん!!!!!!!!


この人バス会社のトゥクトゥク担当???




まぁ、そんなに高い値段じゃなかったので交渉成立。



そしてその日は夕日を湖へ見にタダで連れてってくれた。

ボートに乗り終わって、帰ってきたウチラはヤツに

「バス会社には電話したの?」って聞いたら、

「・・・うん。電話したけど、バスのナンバーがわからないと調べられないって」と。





お前はバス会社の人間じゃないんかい???


だって、プノンペン発AM8:30シェムリアップ行きのバスは1台しかなかったのにどういうこと?








もしかして、こいつは嘘を???






怪しいと思って、その夜ウチら二人でバス会社まで行って事情を説明。



すると、「探しておくから明日来い!」とのこと。




やっぱりヤツは嘘をついてる!



そして今日、バス会社に行ったらここでもトラブル発生。


ウチら「帽子はあった?」


「あったんだけど、バスドライバーが男の子が持っていくのを見たって。」




は?意味分からん。


「ドライバーはそれが誰のかわからないし、汚かったから、男の子がもってっちゃったんだけどそのままほっといちゃったんだって。」



ますます意味が分からず、だんだんイライラ。

カズが我慢ならず、いきなり日本語で怒り出した!!
(まぁ、相手はキョトンとしてたが。。。)




ウチら「ウチラは客で、客の忘れ物を誰かが持っていくのを見てるのにドライバーは何もしなかっただって!じゃあドライバーに電話しろ!」


「ドライバーは長距離運転で疲れてるし、今日は休みだから。。。。」




ウチら「そんなの関係ねぇ!」




男は多分嘘をついてると思ったから、「ウチらは帽子がもうなくても構わない。本当の事が知りたいんだ!」っていうと、



「実はバスを掃除してた時に帽子はあったんだけど、もう古かったから生ごみと一緒に捨てちゃったんだ。そしてそれを男の子が持って行ったのは本当だ。昨日君たちが来た時に「ヤバイ!」って思ったけど、その時に本当の事言えなかった。ごめんなさい。」



もちろん帽子はもうないけど、本当のことを言ってくれたから許す!

でも、人のものを汚いとか、古いとか失礼な!!




ここで忘れちゃいけないのは、あのトゥクトゥクのドライバー。

あいつが電話をしてれば間に合ったかもしれないし、そもそもバス会社のスタッフなんて嘘言わなければこんなに大事になってなかったかも。


すぐにでも追及してやりたい気持ちがあるけど、とりあえずここは穏便にすませて、最終日に問い詰めてやる!


こうご期待!

-今日の1枚-

アンコールワットで絵を書いていた子供たち。
この子達は親が片親だったりで、週末は施設に預けられてるらしい。
その子供たち全員にカズが折った折り紙を渡したら本当に喜んでくれました。

この子供たちの笑顔は輝いています。

シェムリアップ・子供たち


written by さや

  1. 2011/07/10(日) 21:03:24|
  2. カンボジア
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あ、ムシくってる!

昨日の一日観光はトゥクトゥクをハイヤーして回ってもらいました。

ドライバーは前日バスターミナルで声をかけてきたお兄ちゃん


プノンペン・ナカータ
顔分かる?





の弟!



プノンペン・マオ
熊の手枕が目印!




弟曰く、お兄ちゃんは今日忙しいから代わりに来ました、とのこと。
下の写真を見ればわかるけど、めちゃくちゃ似てる!!!


名前は「トゥーチ(Touch)」ニックネームは「マオ」だって。
(お兄ちゃんに名前を聞いたときは「マイ ネーム イズ ナカタ!」って言われた。。。)

マオはお兄ちゃんに比べて控えめでわがままを聞いてくれそう!


お昼を食べ終わった後、マオの家族の事を聞いたら、なんと9人兄弟!
しかも、8人男で最後の一人だけ女の子なんだって!


それを聞いてカズが持参した折り紙をプレゼント☆


そしたらマオが「作ってみたい!」というので早速折り紙教室開催♪


プノンペン・折り紙教室




なかなか難しそうだったけど、

紙風船完成!


プノンペン・折り紙完成





近くで見てたお店のおばちゃんにも折鶴をプレゼントしたら、
めちゃくちゃ喜んでくれたので、写真を一枚!




プノンペン・メガネおばちゃん







おばちゃん!
メガネ、ズレすぎですけど?(@_@;)








そして、プノンペンのセントラルマーケット!


ここで見つけたのは・・・・・・




ムシ君達のから揚げ

(これより衝撃的な画像が含まれておりますので
心臓の弱い方はご遠慮くださいm(_ _)m)











プノンペン・ムシ君





内容はカエル君1匹、大コオロギ君2匹、小コオロギ君1匹、タランチュラ君1匹、ゲンゴロウ君1匹。







さやは旅前は食べる気満々だったのに、いざ目の前にムシ君たちがいらっしゃると





ぜんぜんムリ!!!!!!








しか~し!!!!







かずは、小コオロギ君をいきなりパクッ!!!!!



プノンペン・コオロギ君









\(゜ロ\)(/ロ゜)/








カズ「イナゴと同じだよ。でもゼンゼン味ない。」








こんなにも勇敢な男だったのか。








そして大コオロギ君も食べて、つづいてカエル君。

カエル君は、ベトナムで食べたお肉ではなくて見た目そのまま!





プノンペン・カエル君
コッチ見るなよ~。。。







これはさやもトライ!

ただし自分では持たず、カズの手をつかんで目をつぶって足の先をちょこっと食べました。
味のない薄っぺらい干物みたいな感じ。






そして、タランチュラ君!!!!






プノンペン・タランチュラ君





カズ「これは甘露煮みたいな甘みがあって、一番おいしいかも。」






おー!!味の批評してるよ!






さやもこれは食べてみたかったのでさっきの方法でちょこっとトライ!!!


うーん、確かに甘い味はするけど、ちょっとフサフサしてたな。。。




そして、最後に残ったのはゲンゴロウ君。




さすがのカズもこれはパス!





マオにあげたら喜んで食べてた☆






プノンペン・ゲンゴロウ君





カンボジア人にとっては普通の食べ物でビールのおつまみに最高!って言ってた。




日本人には上のムシ君たちを食べるのは考えられないけど、
日本人だって魚の踊り食いとか、外国人にとっては考えられないもの食べてるもんね。




これからも、いろんなことにどんどんチャレンジ!!


※ウチラのHPに「Travel Data」→「misson possible」というページがあります。
 そこでは旅中にチャレンジする項目がたくさんのってます!
 ぜひご覧ください!





written by さや




  1. 2011/07/08(金) 19:14:44|
  2. カンボジア
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  4. | コメント:9

カンボジアが背負っている現実

今回は、ほんの30数年前にカンボジアで起こっていた悲劇の現場に行ってきて、そこのガイドさんから聞いた事実を日記に記します。


「ポルポト政権・ポルポト派・クメールルージュ」という言葉をきいたことがあると思います。
1975年から1979年までカンボジアで政権を握っていた人物とその支持者(クメール軍)の事です。

ポル・ポトは農村社会主義、つまり都市を解体・貨幣の廃止など、農村を中心とした国を構築するため、知識人たちを大量に虐殺したり、都市部の住人を農村へ移動し強制労働、または12歳から18歳までの子供たちを自分の軍隊(クメールルージュ)へ強制入隊させました。

私たちが訪れた場所は、知識人たちが最初に入れらた刑務所「トゥール・スレーン(s-21)」と大量殺戮の現場である「キリング・フィールド」です。


トゥール・スレーン(s-21)は元は学校だったところをポルポト派が刑務所として利用しました。
場所はプノンペン市内にあり、周りはとても賑やかな場所です。

プノンペン・トゥール・スレーン前



現在も建物はそのまま残っています。また、周りのバリケードもそのままのようです。

ただ、刑務所といっても入れられていたのは無実の知識人やその家族、そして毎日行われていたのは拷問です。
ポルポト派は知識人たちが自分たちの政策を批判するのを恐れて、教授やエンジニア、医者、弁護士などを拷問し、処刑していきました。


プノンペン・トゥール・スレーンベッド



上の写真は拷問室にある実際に被害者たちが縛り付けられていた鉄のベッドです。
床は血の痕跡なのか、真っ黒になっていました。
また、壁には拷問された後の遺体のモノクロ写真が展示されていました。


私たちは恐怖のあまりベッドに近づくことはおろか、部屋の入口付近に立っているのがやっとでした。



プノンペン・トゥール・スレーン独房




これは独房の写真です。ポルポト派は知識人の家族も処刑していきました。
子供たちも例外ではなく、殺された両親の復讐を恐れて処刑しました。




プノンペン・トゥール・スレーン外観




この写真は実際に刑務所として使われていた建物です。
建物の前に建っている柱は元々は遊具として使われていましたが、
刑務所となったの後は人々を吊るすために使われたそうです。

また、柱の左奥にはお墓があります。
そこには1979年にベトナム軍が侵攻してきた際に拷問室で見つけた放置されていた遺体を葬っています。
その中には女性が一人いたそうです。


この刑務所で処刑された人はカンボジア人だけでなく9名の外国人もいました。
オーストラリア人1名、フランス人2名、アメリカ人6名です。
ポルポト派は外国人たちがこれらの情報を自国へ漏らすのを恐れて処刑したそうです。

逆にこの刑務所にいながらも生き残った方が7名だけいたそうです。
その方たちは現在も生きていて、その中の1名が私たちが行ったときにこの場所にいました。



ポルポト派はこの刑務所に拘置した人たちをプノンペン市内から約12km離れた場所へトラックで運び、
毎日罪のない人々を虐殺していきました。

その場所を現在は「キリング・フィールド(killing field)」と呼びます。


私たちが行った日は、シェムリアップ(アンコールワットがある場所)から多くのカンボジア人の人たちが訪れていました。その中には僧侶もいて献花した後、お経を唱えていました。


プノンペン・キリングフィールド僧侶



ここでは1975年から1978年にかけて老若男女約2万人が虐殺されたそうです。

1980年にこの場所が発見され、以降次々に白骨化した遺体が発見されています。
驚くべきことに、現在もまだ埋まっている骨が数多くあり、毎年雨期になると地面の土が流れ出る為、骨や歯、被害者が着ていた服や縛り紐が出土してきます。


実際、私たちが歩いていた道にも服の一部や骨、縛り紐が出てきていました。


プノンペン・キリングフィールド骨




1988年には塔が建てられて、ここで発見された9000近くの頭蓋骨や服が積み上げられていました。


プノンペン・キリングフィールド頭蓋骨




プノンペン・キリングフィールド服




また、塔には日本のボランティア団体や高校から贈られた千羽鶴が飾られていました。


プノンペン・キリングフィールド千羽鶴



私たちはしっかりとここで起こった事実を知りたいと思い、ガイドをつけて案内してもらいました。
実際にどんなことが行われていたのか、ガイドさんの話を聞きながら実際に現場に立っていると
涙がでてきました。


ここキリング・フィールドに連れてこられた人で生き残った人はいません。
また、ポルポト派も当時2つに分裂してしまい、西軍が東軍をこの場所で殺戮するなどの行為もあったそうです。
そして、当時の建物や処刑に使われた道具もほとんどありません。
それはカンボジア人が貧しさのあまり、建物に使われていた木材や鉄を自分の家を建てるために盗んだり、道具は売ってお金にしたりしてしまったそうです。

カンボジア人が殺されていたのはこの場所だけではありません。
当時700万人いた人口のうち約170万人が殺されたそうです。

では、このキリング・フィールドで行われていたことを誰が知っていたのか?
それはポルポト派の幹部たちです。

幹部の中で、自分の罪を認めたある人物が身柄を拘束された後キリング・フィールドで現場検証を行ったそうです。

ただ、罪を認めていない幹部もおり、2007年に逮捕されて以来現在も弁護士をたてて争っているそうです。

ポル・ポト自身は1998年に亡くなっています。


さやの意見-

この二つの場所は、写真を撮ることを本当にためらいました。
そして、日記に記すことも躊躇しました。

なぜこの場所に来たのか、なんでブログに書いてみんなに読んでもらいたいのか。

正直わかりません。

怖いもの見たさでこれらの場所を訪れたのも嘘ではありません。
ただ、自分が生まれるほんの数年前にこんなにもむごいことがここで行われていた事実。
同じ国の国民が自国民を殺す、殺さないと自分が殺されてしまう恐怖があったこと。
子供のころにクメールルージュに強制入隊させられてしまった人たちは現在もPTSDで苦しんでる事実。

過去に起こった戦争やこれらの出来事で、実は現在も苦しんでいる人々がたくさんいるということを知りました。
何度も同じ事を言いますが、私たちにできることは二度とこのようなことが起きない世界を築くことです。


ただ、今のカンボジアはとても美しく、カンボジア人はみんな笑顔で接してくれます。
彼らは何も語りませんが、ただまっすぐ前を向いて生きている気がします。



カズの意見-

カンボジアの持つ過去の悲惨な事実。
僕は、こういう場所が実際にあるって事を知ってもらいたいと思う。

平和な日本に暮らしていると虐殺なんてとても想像できないし、その言葉を耳にするけど、聞こえてきてるだけ。

その現場に行き、実際の骨や衣類・施設を前にすると言葉に出来ない恐怖を感じた。
未だに、ガイドさんの言葉を思い出すと、鳥肌が立つ。

カンボジアに来たら、行ってみて。とは言いませんが、事実を知れる場所です。




written by さや










  1. 2011/07/07(木) 23:51:35|
  2. カンボジア
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